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タイトル 日 時
    院内講義(抜粋)7
これまでに述べてきた「自我と自己自身との関係」は、「現実の社会的自己」とは違って理念的な人間の在り方に関してのお話です。 前者は「本来的自己」とか「真の自己」などといわれているものに重なります。その伝でいえば、後者の「社会的自己」は「にせ自己」ということになるのでしょうが、ユングは人生の後半に問題になる「本来的自己」の在り方につないでいくうえで、前者の「社会的自己」をしっかり築くことが重要であると語っております。ちなみに、「本来的自己」は自我が、先に述べたユングがいうところの「客観的所与として... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/09/13 21:05
バカなはなし
私はバカです。 利口かなと思うことが、ときたまあるからです。 自分は利口だと思っている人は大バカです。 私は小こばかぐらいなものでいたいと、そう思っています。 自分はバカだと思っているひとは、きっと、バカです。 自分はバカだとこころから思っている人は大バカです。 それで助かるひとは一人もいないからです。 人はみな、それぞれにバカです。('16/9/10) ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 10 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/09/10 20:22
     院内講義(抜粋)6
スキーマの解説のつもりが、話がそれました。もとに戻します。 生まれて間もない赤ん坊は、しばらくは母子分離以前の、母と子が二人組の蜜月の境地である時代を過ごします。それは、この世に生まれることの「突然の人間化」とでもいった激変から赤ん坊の身を護る自然の叡智というべきものであるように見えます。そして、それは人間に特有の関係性の関係の突然の始まりを和らげるという意味を持っているように見えます。そうした母子が一体の蜜月時代では、母子の関係は関係以前の準備状態にあるわけです。それは、既に人間の萌芽状態に... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/09/10 20:13
    院内講義(抜粋)5
影―3 「影とは、自我がこころの表層に取り上げる(社会的人格としての自己の形成)のを拒むことによって、意識下に抑圧・排除された経験群である」と概念づけておきます。ちなみに、これは認知療法がいう「スキーマ」概念と重なり合うものです。そして、ついでながら、これまでの私のここでのお話は、「この世の向こう」に及ぶきらいがあり、皆さんを大いに悩ませてきただろうとお察しします。それにも拘わらず、少なからぬ方々に、こうして参集していただいていることでことを済ませてはいけないという反省から、認知療法でいわれて... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/09/09 19:58
    院内講義(抜粋) 4
前回、取り上げた「引き受ける精神」が重要な意味を持っているので、更にこの問題をつづけます。 自我は本来的に「引き受ける精神」です。その意味は、自我とは自己自身を引き受けるのを本来的な使命としているように見える、ということです。自我は人間の象徴、自己を司る一つの中心であるといわれます。また、この問題の先駆者であるユングによれば、「自己は総体的な人格で、自我は自己の下位概念である」ということになります。更に、ユングは「自己は自我に対して、客観的所与である」といいます。それにつづいて「自我が持ってい... ...続きを見る

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2016/09/02 21:40

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大河内メンタルクリニック院長ブログ 折り折りのこと 2016年9月のブログ記事/BIGLOBEウェブリブログ
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