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大河内メンタルクリニック院長ブログ 折り折りのこと
ブログ紹介
精神に起因するもろもろの病いは、その人の人生が強いられた山登りになっているからと、比喩的に要約できるように思います。
この比喩でいえば、人生という山は無限性の性格を持っています。
山登りを、強いられてする人はいないと思います。それは楽しみ、喜びがなく、苦痛なばかりで、虚しい試みだからです。
人生という山登りは、してもしなくても自由というわけにはいきません。
それはしなければならないものですが、自分の意志に基づかせるのでなければ、耐え難いものになるに違いありません。
そういうことを念頭に、「山岳ガイドの弁」というサブタイトルの下に、ひごろの思いを述べてみたいと思っています。

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タイトル 日 時
翳り 1
明るい性格はひとに好かれる。 そのことを、あなたはどう思うだろうか。 あなたが明るい性格であれば、それは、とやかくいうことではないでしょう。 あなたが明るくはない性格であれば、明るい性格にあこがれるかもしれない。 それが「ふつう」というものかもしれない。 その何が問題なのかといえば、「暗い性格」が「明るい性格」にあこがれると立つ瀬がなくなるだろうからある。 暗めの性格は言葉をかえれば内向型ということになる。 内向型は自分の内面に向かう能力を持っているので、自分らしくなるという意味... ...続きを見る

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2017/09/19 21:03
       翳り  3
雪舟を引き合いに出したのは、「明るさ」が自我とこころの外界との関係を、「暗さ」が自我と無意識との関係を表しているということをいいたかったからです。 自我というのは、こころの明るい世界の演出家です。つまり明るい世界を主導するのが自我です。 そしてこころには自我と無意識との関係もあります。 無意識というのは、意識の深部へと降りれば降りるほど暗くなるこころの世界です。ある限度を越えると、自我はそこから先に降りていく能力を持ちません。 このことを踏まえていえば、明るい性格というのは、自我の眼差... ...続きを見る

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2017/09/14 18:52
翳り  2
性格の暗さに救いはないのでしょうか? このことへの端的な答えは、例えば(いくらでも例として上げることが可能です)室町時代の水墨画家である雪舟に見ることができます。 雪舟は画家としての才能が開花する(自他ともに認める)前は、お寺社会の落第生でした。指導僧に叱られてばかりいるダメ人間でした。 当然、明るい人ではありません。 その雪舟を救ったのは、暗さだったといっても過言ではないでしょう。 つまり、暗さというのは他人よりも自己自身との関係に意識がシフトしているこころの状態のことであるというこ... ...続きを見る

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2017/09/14 18:51
クェスチョンタイム 2
Q:「こころの病気」の原因は何ですか? A:原因というのは科学的な根拠がある場合です。こころは科学の対象にはなりません。 Q:・・・? A:こういう話が分かりにくいのは、現代文明を覆っているのが自然科学的な思想だからです。だから、人はとかく理屈にこだわるのです。 そしてこころは、本来的に理屈が通用する世界ではありません。直観の世界です。 Q:??? A:自然の状態では直観が先にあるのです。 ちょっと考えれば分かるように、人間がなにもかもを分かっているわけがありません。 Q:それは... ...続きを見る

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2017/09/08 19:52
クエスチョンタイム 1
Q:こころの病気は治るだろうか? A:「こころの病気」は「治る」、「治らない」という問題ではありません。そこが身体の病気と違うところです。 Q:というと? A:「こころの病気」のアウトライン、一般論は専門医がそれなりに心得ています。そして、いうまでもありませんが、専門医が個々の患者さんの「個的の」ところについては患者さんに訊かなければ分かりません。患者さん自身も分からないからこそ「存在のぬかるみに足を取られている」わけです。そして、そのことを分かり得る立場にあるのは当の患者さんをおいてはな... ...続きを見る

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2017/09/08 19:17
  精神医療の問題 U
自然科学は無意識の世界を切り離して成り立っていると前回述べた。一見すると科学はこころの外的世界に関わるものであるように見えるので、こころの内界である無意識世界がなぜ問題になるのかという疑問を持つかもしれない。 以下はその問題の説明である。 結論を先にいえば、「私という自己の存在」はイメージとして存在しているということである。 「あなた」と「わたし」が友人としておしゃべりをしているときに、「あなた」から見れば「わたし」は厳然として「あなた」の前に存在している。その厳然としてという意味は、目で... ...続きを見る

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2017/07/27 19:15
     過食の問題 4
いかなる場合Hでも、我われ人間は「生きるか死ぬか」という無意識下での綱引きをしています。 心的エネルギーが、生の方向と死の方向と、たがいに対抗する二筋の流れ方をしていると考えられるのです。こころの問題には必ず心的エネルギーが関与しているということでもあります。 我々が生まれ、かつ死ぬという人為を越えた宿命の下にあるかぎりは、それを裏づける生理的な根拠があるということです。 それは生きることも死ぬことも自然の摂理の下にあるということにも通じます。拒食症の方々が自然の摂理の下にあるのはいうまで... ...続きを見る

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2017/07/20 21:30
過食の問題 3
拒食症の患者さんが診療に訪れるのは、自分からすすんでではなく、母親をはじめとした家族に何度も促されてのことなのでしょう。だから、診療に訪れたといっても、それは説得によって「ようやく治る気になった」ということではないと思われます。いわば社会的存在であるかぎりは仕方がない、という妥協をしてみせていることであるふしがあります。母親を悲しませるのは本意ではないという気持ちがうかがえるように思われます。 生きることへの関心がうすく、死への待望がつよいといったことであれば、「治療」に積極的になる理由を欠い... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2017/07/20 21:27
過食の問題−2
過食の問題の、いわば本質を剥き出しにしているのが拒食です。 この問題に囚われている方々は身体が細いほど願わしく、理想は身体の消滅であるかのようです。 境界性パーソナリティ障害では、自傷行為がいわば必発です。「切りたい衝動」は相当に病態がよくなっても、すっかり消え去ることはないように思われます。それでも、この問題をかかえておられる方々とは信頼関係の構築が可能です。信頼関係の深化に伴って自傷行為は確実に衰退していきます。 そして、拒食症の方々は信頼関係を確かなものにすること自体が困難です。 ... ...続きを見る

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2017/07/12 21:17
    不幸にならないための覚書 過食の問題 1
過食症に悩む皆さん、ご存知でしょうが、飢えているのは「食に」ではありません。愛情にです。その腹いせを身体に向けるのはどういうものでしょうか? それが当たりであるか、外れであるか、決めるのは感情です。安心、満足が手に入れば「当たり」です。その反対の不安、不満足感を握らされれば「外れ」です。過食が「当たり」である可能性はゼロです。それを知っていてやめられない悲しい問題です。 怒りが一見は難敵です。なぜ、いきなり怒りかといえば、怒りが一つの鍵を握っていると考えられるからです。怒りはこころの自由を奪... ...続きを見る

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2017/07/10 20:20
精神医療の問題 1
精神科で扱われる「病気」は、内科などの身体科でいう病気と同じようには扱えない。 内科などでは、病気は生物学(自然科学の一分派)に還元されるので、病んでいる人の「個」性は問題とならない。 還元されるというのは、病んでいるのは「私である個性」であるが、その「個」性は排除されて身体の問題に帰せしめられるという意味である。 科学が万能であるように見える現代では、病気が科学的に扱われることが当たり前になっているので、いま述べたようなことをいえば、かえって分かりにくいかもしれない。 しかし、このこと... ...続きを見る

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2017/07/07 11:51
さらに不幸にならないための覚書ー他人を軽んじること
故事を思い出してください。「ブルータス、お前もか!」といいながら、ジュリアス・シーザーは腹心の部下に暗殺されました。 「人を見たらドロボーと思え」というコトワザみたいないい伝えがあります。 それはともかく、人への依存は危険を伴います。人は自分の思い通りにいかなくて当たり前だからです。’17.7.10 ...続きを見る

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2017/07/06 18:53
     母と子  T
患者さんの話を聞いていると、ひどいお母さんがいます。我われ精神科医は患者さんと共にある(つもり)ので、「ひどいね、それはひどい」などなど、患者さんと治療同盟を作ります。作ったつもりで「なかなかいい医者ジャン」などとウツツをヌカシテいると、いつか患者さんにネガエリを打たれることがあります。 あるとき、ある患者さんが母親と肩を並べて歩いているのを見かけました。近くに私が居るのを知ってか知らずでか「あれはひどい医者だね」といっているのが聞こえてきました。 それを目の当たりにして、「さすが母と子」と... ...続きを見る

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2017/05/16 19:34
     院内講義 抜粋 12
最初にひとこと述べておきます。ここで取り上げるのは「うつ病」についての考え方です。といういい方をすれば、不思議な気がするかもしれません。内科などでは「・・・病」というときに、考え方が問題になることはないからです。それは内科などの身体科では、疾病単位というものが確立されているからです。つまり、自然科学の一分派である生物学的方法論に基づいているので、方法論としての客観性は保証されます。そこでは、原理的には個々人の考えはさまざまであっても、考え方の形式は厳密に客観的であることが基本なので、内容の難易を... ...続きを見る

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2017/05/05 20:34
依存の問題ー4
人は成長が求められています。それは、自然の理といったもののようです。 しかし、こころにとって自然というのは簡単にいえるものでもありません。 人間こそ、反自然の担い手ですから。というよりは、人間以外には自然を壊すモノはありません。 だから、人の成長は自然の理といって澄ました顔をしているわけにはいきません。 いま述べた自然は、こころのエネルギーについてはいえるのです。そのエネルギーに身を任せるように生きているのであれば、犬や猫などの動物たちと同じように、自然でいられます。 しかし、ご存知の... ...続きを見る

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2017/03/28 11:28
依存の問題ー3
依存関係は社会的存在である我われの誰もが必須としています。重要な他者との関係に依存しないでは自分を保つことができません。その依存関係では信頼が相互をつなぐ鍵になります。そして、信頼といってもその程度はさまざまで、絶えず揺れるものでもあります。 ところで、人と人とのあいだ柄、私とあなたのあいだ柄は外的関係ですが、外的関係があれば内的関係もあります。内的関係というのは私と私自身との関係ということになります。そして、それも依存関係です。といっても、両者の依存の関係は等質ではありません。前者の場合、他... ...続きを見る

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2017/03/25 19:59
依存の問題ー2
依存心は幼いこころの顕れです。年齢的に幼児ではない場合、依存心が強い程度は幼さの尺度になるといっても過言ではないでしょう。その度合いが強ければ、社会生活にさまざまな困難を味わうのは避けがたい問題です。そういうことがあるので、精神科の治療とはこころの成長を促すことが主眼ともいえるのです。'17/3/24 ...続きを見る

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2017/03/24 18:50
     依存の問題 1
依存は人間であることの基本です。依存しないでは社会生活が成り立ちません。だから、依存心がない人は一人として存在しません。しかし、依存心は何かと問題を引き起こしもします。あらゆるこころの病理現象には依存が関係しています。'17/3/23 ...続きを見る

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2017/03/23 22:13
     自由と拘束ー2
眠りは拘束からの解放である。拘束の全開放が死である。従って死は自由の象徴である。人間は夜毎に拘束から解放される。そして日ごとに拘束の中の自由をよみがえらせる。つまり、死は自由の根源にある何かである。 '17/3/23 ...続きを見る

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2017/03/23 15:55
    自由と拘束-1
人間は社会的存在である。人間が置かれている現実は、拘束の中での自由を生きることである。我々の思考、行動のすべてが、拘束の中における自由の問題に還元される。'17/3/23 ...続きを見る

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2017/03/23 15:42

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