大河内メンタルクリニック院長ブログ 折り折りのこと

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zoom RSS      院内講義 抜粋 12

<<   作成日時 : 2017/05/05 20:34   >>

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最初にひとこと述べておきます。ここで取り上げるのは「うつ病」についての考え方です。といういい方をすれば、不思議な気がするかもしれません。内科などでは「・・・病」というときに、考え方が問題になることはないからです。それは内科などの身体科では、疾病単位というものが確立されているからです。つまり、自然科学の一分派である生物学的方法論に基づいているので、方法論としての客観性は保証されます。そこでは、原理的には個々人の考えはさまざまであっても、考え方の形式は厳密に客観的であることが基本なので、内容の難易を別にすれば、誰にでも分かるといった性格のものです。
ここで、ひと言補足しておきます。先にも触れたことですが、いま、しばらくは「うつ病」そのものに迫るのではなく、そのことを問題とする考え方のアプローチについての説明です。
それはモノの考え方、捉え方なので基本的な問題です。だから、少々小うるさく感じられるかもしれません。しかしながら、我われがうつ病などについての問題をどう捉えるかは、誰かに教えてもらうというよりは、自分で気づいていくのでなければならないのです。
例えていえば、奥深い山脈に登るには山岳ガイドが必要です。でなければ迷子になってしまいます。こころは、そういうことになぞらえることで、示唆を受けることができるのです。そうした人生という登山は、してもしなくてもいいのではなく、しなければならない宿命の下にあるのです。その避けられない難行を、少しでも意味深くさせるには、自分から進んでそれを引き受ける必要があります。
ちなみに、先ほど、人生という登山といういい方をしましたが、それはこころにとって外的な問題というよりは、むしろ内的な問題です。我々の実感としては、こころの内界を生きているつもりはないでしょうが、何か外的な問題でつまずいたとすると、それは、むしろこころの内界での混乱がつまずきの主要な意味になるのではないでしょうか。
例えば、会社の人間関係でのトラブルがあったとしても、それは同時にこころの内界でのトラブルでもあるのです。外的な問題を解けない意味は、むしろ内界にあるのでしょう。
仮に上司のこころない言葉で傷ついたとすると、こころの内界には怒り、不安、恐怖、孤独感、不信感、自己否定感などの制御し難い感情が渦巻くかもしれません。
そのことを比喩的に、大海を進む小舟の船頭と置き換えてみると、海上で起こった関係者とのトラブルが海という感情が荒れるきっかけになります。
仲間によっては、何でその程度のことで船を操れないのかといぶかしむことにもなるでしょう。こころの内界である海が荒れていることが、仲間には、具体的には分からないからです。
そういうことを踏まえて、日常の生活で何かのトラブルが起こったときに、その外的な出来事にばかり気を取られていないで、こころの内面を見つめることに意味があります。
要するに、何かの問題が起こったとしても、それを「自分の問題」というふうにこころを転換することによって、得られるものが大きいのです。他人との関係でのトラブルで争うにしても、それが自己の内面を養う意味があればこそです。それを忘れて抗議ばかりしている場合を、クレーマーと呼んでいます。何かのトラブルがあったときに、自分にも問題があるというのは、そのような意味で捉えるべきです。
そういうことも含めて、自分に起こった問題は「引き受ける」ことが第一の問題です。そのことが基本的に活きていれば、解決できない問題はない、というべきかもしれません。'17.5.5

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